意外と知らない"教育とAI"(第2回)ラーニングアナリティクス(教育ビッグデータの蓄積と分析)

 

第2回は、AI(人工知能)が教育の分野に活用されている例として、教育ビッグデータを分析し、子どもの学習方法や先生の指導改善に役立てようとするラーニングアナリティクスについて紹介します。

教育分野にAI技術が用いられる要因

教育分野にAIが用いられるようになった要因の1つはコンピューターリソースが発達したことが挙げられます。大量のデータを高速に処理することができるようになり、第1回で取り上げた機械学習に代表されるAI技術の実用化が可能となりました。同時に、学校への情報端末の整備が進み、学習履歴などのログデータが大量に生成され、教育ビッグデータが取得・蓄積できるようになったことも非常に大きな要因と言えるでしょう。

ラーニングアナリティクス(LA)とは

新型コロナウイルス感染症による休校措置でオンライン授業の必要性が高まったことから、全国の学校に1人1台端末と高速大容量通信ネットワークを一体的に整備する「GIGAスクール構想」が加速化しています(図1)。これにより小学校や中学校でも子どもたちが日常的にパソコンやタブレットを使って学習できる環境が整備されるでしょう。子ども一人ひとりがデジタルドリルやデジタルノート、デジタル教科書などを使って学習すると、操作の過程や結果が「学習ログ」というデータとして収集できるようになります。学習ログのようなデータを大量に集めた教育ビッグデータを分析し、学習や教育改善に活用する手法を「ラーニングアナリティクス(Learning Analytics:学習分析)」といいます。ラーニングアナリティクスは2010年頃に登場した比較的新しい研究分野です。現在は主に大学教育の場において研究が進められていますが、今後は、初等中等教育の現場での実現化への期待も高まっています。

LAを行うためのデータ収集

京都大学の緒方広明教授のラーニングアナリティクスの研究では、次の3つのシステムを用いて教員が授業を、学生・児童生徒が学習活動を行い、各システムから学習過程に関する様々なデータを取得します。

(1)学習管理システム(LMS:Learning Management System)

学習管理システムとは、インターネットを使った学習に必要なウェブサービスで、学習者の学習活動をサポートし、評価・管理するためのシステムです(図2)。授業への出欠の登録や課題のレポートを提出したり、教科書や資料などを閲覧したりすることができます。このLMSのデータベースには、だれがいつどのように学習したかなどの学習ログが自動的に蓄積されます。

(2)eポートフォリオ管理システム

eポートフォリオ管理システムの「eポートフォリオ」とはレポートや授業の振り返り、感想、アンケートなど学習に関わる記録をデジタル化してまとめたものことを指します。eポートフォリオ管理システムには、学習者が自分で記録した授業の感想などの文字データが記録されています。教員もこのeポートフォリオ管理システムに記録された情報を確認することで、授業の改善につなげることができます。

(3)デジタル教材配信システム

デジタル教材配信システムは、授業で使う教材を配信するシステムです。教員が講義資料をシステムにアップロードしておけば、学習者はブラウザからその資料をいつでも見ることができます。閲覧画面では、わからないところや重要なところにマーカーで線を引くことができるようになっています。このマーカーやページをめくるスピードなども学習ログとして蓄積されます。学習ログを取得するため、ダウンロードはできないようになっています。

分析対象となる教育データ

ラーニングアナリティクスで扱うデータには、上記のシステムから取得されるデータのほかにも様々な種類が存在します。

大学で取得できる教育データを例に整理すると、シラバスや成績などの教務データ、授業で使用する教科書や教材に関するデータ、教員や学生の年齢、性別などの個人データがあります。レポートやアンケートなどの学生が書いた文字情報である記述データやシステムの利用履歴を記録したログデータも対象とします。

また最近では、多様なデータを利用した「マルチモーダル学習履歴分析(Multimodal Learning Analytics:MMLA)」と呼ばれる研究も注目されています。脈拍、血圧、発汗など生体センサから取得した生体情報や、教室の気温や湿度、講義の映像や音声などの学習環境に関するデータといった人間の挙動なども対象とすることでより細かな分析を行う研究が進められています。

表1 取得される教育データの種類
分類名
(1)教務データ シラバス、成績など
(2)教材データ テキスト、デジタル教科書など
(3)個人データ 教員、学生の年齢、性別、学歴など
(4)記述データ レポート、アンケート、SNSなどの文字情報
(5)ログデータ 出欠、ログイン履歴など
(6)生体データ 脈拍、血圧、発汗、脳波、視線など、
(7)環境データ 講義の映像や音声、教室の気温、湿度など
出典:緒方広明「ラーニングアナリティクスの研究動向」(2018)

これらの教育データに対して様々な分析手法が適用されます。AI技術が応用されているものを挙げると、記述データがキーボードによる入力であれば機械学習による文脈判断、記述データが手書き文字の場合には機械学習による画像認識技術などでAIが分析できる形式にします。画像認識技術は顔を認識して出欠をとったり、姿勢から授業への集中度を推測するのにも用いられています。また音声データであれば機械学習による音声認識の技術を用いて分析を行います。スマホの音声入力にも用いられている技術です。データの種類も多様ですが、分析手法もそれぞれのデータに応じた様々な技術が開発されています。

教育ビッグデータを活用する意義

教育ビッグデータをラーニングアナリティクスのような最先端の科学技術の力により分析し活用することで、これまでの方法では得ることができなかった学びへの効果が期待できます。では、教育におけるそれぞれの立場から見たメリットについて考えてみましょう。

・子どもたちにとってのメリット

ICT機器を活用した学習から得られる学習ログを分析することで、子どもたちが理解できていない箇所を明確にして、それぞれの習熟度に合わせた教材を選び、理解できるまで学習を支援することができるようになります。宿題にどれくらい時間をかけて取り組んだのか、最後に全部消してしまったけど途中まではできていたなど、紙の提出物からはわからない情報も取得できれば、支援の方法も変わってきます。ICT機器を活用した学習には、時間と場所の制約から解放され、みんなと同じ時間に同じ場所にいる必要がなくなるというメリットもあるので、体の不自由な子どもたちや発達障害の子どもたち、あるいは、過疎地に住む子どもたちに対しても同様に、個に応じた学習の支援をすることが可能になります。

・教員にとってのメリット

教員にとってのメリットは、作業の効率化による負担の軽減が挙げられます。教員は、授業以外にも事務作業などに多くの時間を費やしています。教育ビッグデータの分析により自動化できる作業については機械に任せることで事務作業にかける時間を削減し、子どもたちと接する時間を増やすことが可能になります。また、AIから授業の指導案や、教材作成のヒントが得られるとすれば、これも教員にとって大きなメリットとなるでしょう。つまずきや、成績の低下を予測する研究も行われています。さらには、ベテラン教員が意識せずに行っている観察や工夫などを可視化できば、経験の積み重ねに基づく勘を若手教員にも円滑に引き継ぐことが可能になります。ベテラン教員のノウハウは、若手教員にとっては、非常に参考になるのではないでしょうか。

・保護者にとってのメリット

このようなデータに保護者もいつでもアクセスできるようになれば、自分の子どもの学校での学習状況を逐一把握することが可能になり、例えばつまずいている箇所について親から声掛けするなど、子どもへのコミュニケーションを増やすことができるでしょう。


そのほか、教育機関などの組織にとっては、カリキュラムや教育方針の改善に役立てることが可能になりますし、また、国や地域にとっては、教育ビッグデータの収集・分析によりエビデンスに基づく政策立案(EBPM:Evidence Based Policy Making)の促進が期待されています。

AI技術を活用した分析への課題

AI技術の実用化が進み、多くのサービスで活用されていますが、AIが「ブラックボックス」と言われている問題がクローズアップされています。これは、AI技術の中でも深層学習(ディープラーニング)を使ったAIがどのような仕組みで判断をしたのかが、開発者から見ても良くわからないという問題です。機械学習による技術の中でも特に人間の脳を模倣したディープラーニングの技術は、通常のコンピュータープログラムと比較すると、その中身が見えにくいという特徴があります。AIが下した結果に対して、人間がその判断の根拠となる論理までを読み取ることができません。

このような状況ですとAIの活用に懐疑的な人は少なくないでしょう。AI技術が真に信頼のおける存在となるためには、判断の根拠を示し十分に納得できる説明が必要です。現在この問題に関しては、AIの判断の過程が見えるようにする「ホワイトボックス」化の技術開発が進められています。

内田洋行教育総合研究所は、この研究への取り組みの一環として、国立大学法人京都大学(京都大学学術情報メディアセンター 緒方広明教授)と共同して、国立研究開発法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)が公募する「人と共に進化する次世代人工知能に関する技術開発事業」プロジェクトに応募し、「説明できるAIの基盤技術開発」に関する事業に採択されました。本研究開発を通して、説明できるAI技術の実現を目指しています。

まとめ

今回は、教育分野においてAIが活用される例としてラーニングアナリティクスについて取り上げました。

ラーニングアナリティクスとは、「学習ログ」のような教育ビッグデータを対象とするAI技術を応用した分析手法のことで、学習者に個別最適化された学びの方法を支援することが可能になることや、教員の指導改善に活用できることがわかりました。この分野の研究の歴史はまだ日が浅く、今後研究が進むにつれて、よりきめ細かい指導が行えるように進化することが期待されます。

また、AI技術にはブラックボックスという問題があるが、現在この問題に対してホワイトボックス化への取り組みも進められていることを紹介しました。
次回も、引き続きAI(人工知能)技術が教育の分野に活用されている例を紹介します

 

構成・文:内田洋行教育総合研究所 主任研究員 河村征宏

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